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文豪のいろいろ

  • 2013/08/15(木) 21:38:10

森鷗外: 日本はまだ普請中だ (ミネルヴァ日本評伝選)

明治の文豪、森鴎外の伝記。とりあえず分厚かった・・・けれど、それだけ多方面に功績あった人なので仕方ないかもしれません(著者も「もっと薄くするはずだった」と言ってます)。
鴎外の作品は熊本へ行ったときに読んだ「阿部一族」(阿部一族滅亡の屋敷あとが熊本城からすごく近かったのを覚えています)、史伝ものの「渋江抽齋」(ただの医者の伝記と思ってたら、維新にも軽く関わっててびっくり)、そして主人公の畜生ぶりに定評のある「舞姫」くらいです。むしろ、軍医として関わった脚気対策の責任者としてのイメージがありました。
本書で印象的なのが、芥川龍之介に与えた影響。あの「羅生門」の文章にも鴎外の影響があったとか。なんかで「芥川は漱石と鴎外の子供」とかいう言葉があると聞きましたが、そういう意味もあるんですね。
あと、「情報」という言葉を作ったのも、クラウゼヴィッツの「戦争論」を訳した鴎外だったそうで。彼がいなければ、いま氾濫する情報って言葉はなかったかもしれません。

もう一点。鴎外は論争大好きの喧嘩屋のイメージがありました。「文豪たちの大喧嘩: 鴎外・逍遥・樗牛 (ちくま文庫)」では、坪内逍遙からちいさい同人誌の作者まで、自分の知識をひけらかして叩きのめそうとする鴎外がかなり皮肉っぽく(現在の評論家に対する皮肉もこめて)描かれていました。彼が論敵を叩くとき、必ずもちだしたのが美学者ハルトマン。「坂の上の雲」でも正岡子規が読もうとしていたドイツの美学者です。鴎外が坪内逍遙あたりと美学論争してたころは流行っていたハルトマンですが、その後ドイツ学会でも急速に注目されなくなったようで。それを知った鴎外の、昔ハルトマンを「書籍の形した我が師」とまで賞揚しまくった自分に対する恥ずかしさ・・・きっと、布団に頭つっこんでうめきたくなるくらいだったんじゃないでしょうか

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