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これは徳川が悪い

  • 2014/07/19(土) 11:11:11

信州南北戦争―県庁争奪、百年の戦い

かつて、公務員の問題で「和歌山県の県庁は北限の和歌山市でよいか。それとも紀中に移動したほうがよいか」というディスカッション問題がありました。和歌山ではこれは単なる頭の体操ですが、ガチに県庁を移転、あるいは県を分断しようとした県がかつてありました。
信州長野は、中部でも最大の県ですが、いまの形に落ち着くまでにはすったもんだが随分あったようです。その経緯をまとめたのがこの本。廃藩置県以来の長野県内の因縁を描きます。
現状の長野県を維持しようとする、長野市ら北信勢力と、県庁の移転、あるいは長野からの分離独立を掲げる松本市ら南信勢力の角突き合いが、生々しい権謀を中心に描かれました。
なかでも、長野内紛の原因が、城のあるなしにもあったっていうのが面白かったです。長野市に長野県庁がおかれたとき、反発したのは松本をはじめとして、小諸、諏訪、松代などの旧藩庁=城下町のある町まちでした。なぜなら、長野市は城がない。善光寺の門前町として栄えた宗教・商業都市に、政治都市の城下町が遅れをとるとは何事か!?というわけです。
同時に、外様に譜代に天領と、徳川時代に多数の藩が分立していた信濃は、藩がほぼそのまま県になった和歌山や山口とちがい、県内に伝統も歴史も異なる勢力をたくさん抱え込んでしまいました。それが、100年にわたる分裂騒動の発端にもなったそうです。このあたり、本物の南北戦争か、ドイツの分裂時期を彷彿とさせるはなしではありますね。

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