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魔女受難の時代の終わり?

  • 2013/01/29(火) 21:53:39

神聖ローマ帝国 1495‐1806 (ヨーロッパ史入門)

さきの、ザイン=ウィトゲンシュタイン家が領邦を形成していた、神聖ローマ帝国の歴史。「神聖ではなく、ローマ的ではなく、そもそも帝国ですらない」(ヴォルテール)とかいわれて、低い神聖ローマの評価は正しいのか、という本です。また、よくわからん帝国の制度についても解説があります。

神聖ローマ帝国、ひいてはオーストリア・ハプスブルクは基本的にやられ役感が強いです。スイスに独立され、オスマン帝国に首都を囲まれ、三十年戦争で国土ボロボロにされ、プロイセンにいじめられ・・・国内ではプロイセンやバイエルンなどの強大な領邦が好き勝手絶頂で、さながら戦国時代の足利将軍のような扱い。ナポレオンに止め刺されるまで死に体な印象でした。ですが、この本ではそうじゃない評価が示されています。そもそも、「神聖ローマショボい論」は、プロイセン=ドイツ帝国が力をもち、強権をふるう国民国家万歳な時代に生まれた評価。強大な力で国民をまとめあげる国を理想とすれば、連邦にちかい神聖ローマ帝国は烏合にみえます。だから、近年では国民国家万歳からはなれて、連邦国家としての神聖ローマが再評価されているとか。

面白かったのは、帝国裁判制度評価の見直し。最高裁判所が二つ(1495年、改革派が帝国最高法院を設置。それに対抗して1498年、皇帝が帝国宮内法院設置。)あきらかな二重行政に見えますし、実際それまではあんまり有効な裁判所ではなかった、との評価がされていたそうです。
ですが、最高裁判所がこうして制度になることで、領邦のあまりにひどい裁判には、帝国が帝国法をもって口出しできるようになり、魔女狩り裁判が減少したり、農民の武装蜂起が裁判に切り替わったりするようになったとか。中世ドイツといえば魔女狩りなイメージがありますから、少しは魔女も暮らしやすくなった、のでしょうか?

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