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敗因は情報開示

  • 2014/01/12(日) 10:53:32

中国海軍と近代日中関係

最近、尖閣だなんだでもめまくりの日中関係。特に中国海軍の整備っぷりはすごいようですが、戦前、特に明治~昭和戦前期の中国海軍って、あんまりイメージないですよね。しいて言えば、清国北洋艦隊。日清戦争前は「東洋最強艦隊」とか言われて、日本軍も「やべえよ…やべえよ…」と戦々恐々だった艦隊です。ところがいざ日清開戦すると日本艦隊にフルボッコにされて壊滅してしまった。その後、清朝も中華民国も、まともな海軍を育成する間もなく滅んでしまった…
この本は、そんなイメージを覆す内容になっています。
日清戦争の敗北後、海軍力が壊滅した清朝は諸外国に海軍軍備調査団を派遣し、海軍制度を熱心に学びました。さらに「自分たちを破った日本海軍に学べ」と留学生を派遣し、人材を育成。北洋や福建など、地域別に統帥区分が違った海軍統帥を満州貴族の手に一本化するなど、海軍再建に努め、一定の成果を上げていたようです。しかしながら、もはや清朝には海軍を完備するまでの時間的・財政的余裕はなく、すぐに辛亥革命を迎えて道半ばで王朝自体が滅びてしまいました。

さて、前述の北洋艦隊についても、これまでのような日清戦争ではなくそれ以前の日本訪問について詳しく触れています。『坂の上の雲』にも登場した宮島寄港や長崎での水兵の騒擾なども登場しますが、北洋艦隊の敗因として、「日本軍人に艦内を見せすぎた」というのがあげられていました。なかでも当時最強の艦船だった「定遠」に日本人を招いて存分に見学させた結果、号令台(戦闘指揮所)の位置を正確に知られ、のちの黄海海戦で集中砲火を浴びて司令官が重傷を負う原因になったとか。北洋艦隊としては余裕の表れだったかもしれませんが、完全に足元をすくわれる結果になりました。本当、慢心、ダメ、ゼッタイ。

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