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軍神のきたみち

  • 2014/04/01(火) 20:51:06

菊池市から南にくだると、御船町に至ります。途中ハンガーノックになりかけましたが、ポン菓子煎餅の塩気が絶大な効果を発揮し、危機を脱しました。
御船の恐竜

御船は恐竜の骨が出たとかで、恐竜をテーマに町おこしを考えているようです。この四月一日には恐竜公園もできるようで、道沿いなんかにも恐竜化石や復元模型が。同じく化石の町、山口県美祢市のひそみに習っているのでしょうか?
この町にある御船高校は、戦前に菊池氏とともに肥後の生んだ軍神とされた、あの人の母校でした。
そう、西住小次郎戦車長。西住殿のモデルになった人です。西住は隣町の甲佐町の生まれでしたが、この御船高校(旧制御船中学)まで通っていました。彼が中国で戦死して軍神となったあと、御船中学との関係を書いた本も出ています。
それによると、西住は甲佐から御船中学まで電車で毎日通っていたそうです。ただ、学校の寒稽古があるときは朝早く家をでて、駆け足で学校まできたとか。当時の同級生は「感服を通り越して驚いてしまった」そうです。はたしてどれくらいかかるのか?自転車で試してみました。
御船高校の側には国道が通っていまして、それを進むと川があります。渡れば前にトンネルが。
それを抜けるとすぐ甲佐が見えてきます。早いようですが、このトンネルは開通が戦後であり、西住が通った頃は別ルートだったと思われます。(先の同級生の言葉にも「途中山を越えて」とあるのはこの山でしょうか?)
甲佐の境を抜けても、しばらくは川沿いの下り坂。そこから甲佐高校をすぎ、田んぼの間を抜けていきます。春先の今は気持ちいいですが、冬に歩くのは大変そうです。
町役場につきました。次は西住殿の像を探します。町のホームページには一応名所として載っていますが、「役場から北西500メートル」とかいうざっくりした案内ぶり。役場から見てもそっちは住宅地なんですが・・・
そう思いつつ、磁石を頼りに北西向いてパンツァーフォー。確かに宅地の向こうには田んぼがありますが、どっかに目印とか・・・
あれは…


あっ・・・(察し)


菊池武重の墓もそうでしたが、桜の密集具合、そして高々と翻る日の丸。まあまず間違いない・・・
西住戦車長

地元の方のお墓と、消防団の詰所の間、桜吹雪の公園に、西住殿が立っていました。思ったより大きい像です。周囲には戦車学校の後輩たちが寄贈した桜や、彼が尊敬していた吉田松陰の言葉(歌?)が刻まれた石碑なんかがあります。
軍人の像なんかは、戦時中に供出されたり戦後壊されたりしたものも多いなか、いまに至るも綺麗にされています。しっかりお供えの花もされていて、地元の偉人(有名人?)として根付いているようでした。

さて、御船からこの像のたつところまで、計測したらほぼ1時間。像を探したりして時間は食いましたが、自転車なら余裕で通える距離です。しかし、徒歩通学は・・・できますが、できたら避けたい距離ですね。



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